そして・・・まもなく二日目も終わり日付が変わろうとしつつある深夜・・・当主屋敷前にて北軍はその総員を集結させていた。

集結と言ってもその人数は開戦時の半数まで激減しており、数の不利は自明の理。

唯一の救いは兵の質だけは南軍より上と言う状態だった。

「さて・・・総員、今夜で決着を着ける。どちらにしろもう俺達には水も食糧も無い。今夜の作戦の失敗は俺達の敗北を意味していると思え」

静かに頷く。

今夜の作戦の為、黄理はあえて貯蔵してあった食糧、水を全て開放し自分で退路を断った。

もはやここに水の一滴、米の一粒も無い・・・すなわち後は無い。

そんな背水の陣に中には本物の戦争さながらに死の覚悟を決めた者までもいた。

「なに、そんなに悲壮な面を見せるな。大丈夫だ。この作戦が上手く行けばまだ俺達にも勝機はある・・・いいか作戦を伝える」

十五分後、悲壮な覚悟と決死の決意を胸に北軍はそれぞれの配置に付いた。









一方・・・南軍もまた、真姫の指示通り、油断無く警戒網を敷き、不審者が現れれば直ぐに増援が駆けつける。

そんな万全の体勢で北軍の襲撃を待ち構えていた。

「どう?」

「正面地帯には異常ありません」

「東部も問題ございません」

「西部地区も襲撃の報告は入っていません」

「南部も同様です」

「そう・・・ご苦労様、引き続き警戒を続けて」

真姫の声に頷き伝令は退出する。

「義姉さん御館様今夜来るのかしら?」

「多分そうだと思うのだけど・・・」

「まあ来ても来なくても良いじゃないのかい?あたし達の優勢に変わりは無いんだし」

「そうですね・・・どちらにしても一晩警戒態勢を維持しましょう。動くとすれば今夜以外にありませんから」

その時、

「ま、真姫様!!」

伝令が駆け込んできた。

「どうしたの?御館様達が来たの?」

「い、いえ・・・そうではありませんが・・・正面に北軍を確認!!」

「やはり来たわね。近寄ってきたら適当にあしらって」

だが、その言葉を遮る様に別の伝令が飛び込んできた。

「も、申し上げます!!大変です!志貴君が東部より集落内に侵入!!警戒網を突破しました!!」

「志貴が!!」

「志貴一人なのかい!」

「はい、志貴君が縦横無尽に奇襲を仕掛ける為東部を中心に混乱が広がっています!」

「真姫!!」

「義姉さん!!」

「直ぐに体制を整えて志貴に対しての防衛を固めなさい!志貴にこれ以上かき回されたら出来る防衛も出来なくなってしまうわ!」

「判りました!!」

そう言って飛び出していくが、矢継ぎ早に別の伝令が飛び込んでくる。

「申し上げます!!西部より楼衛様を中心とした北軍が侵入!!警戒部隊と戦闘状態に入りました!!」

「人数は?」

「十名いるかいないです!ですが、全員主力級の人間ばかりで部隊は苦戦中です!!」

「・・・妃、西部の近くにあれがあったわよね」

「!!伝令!西部部隊に防衛しつつ罠に引き込んでと伝えて!!ちょうど正面地帯に近いから誘導も簡単のはずよ!」

「はっ!!」

「義姉さん・・・」

「ええ、これで良いわ。それにしても志貴一人を完全な遊撃兵として混乱に貶めてその隙に義兄さんで正面から侵攻の為に橋頭堡を築く・・・考えたわね・・・でも・・・こんなものかしら・・・富美伯母様念の為に正面地帯の警戒を」

そこに再び別の伝令が飛び込んだ。

「申し上げます。今度は後方から王漸様が指揮する北軍が侵入!!南部の警戒部隊を撃破してこちらに向かってきています!!」

「更に伏兵が!!」

「真姫あたしは家の旦那の方を片付けてくるよ」

「ええ、お願いします」

そう言うと一隊を率いて富美は南部に向かう。

「妃、念の為に正面に向かって」

「ええ判りました義姉さん」

そう言って妃も進発する。

「・・・何か胸騒ぎが止まらない・・・」

そう呟いた時伝令が入室する。

「失礼いたします」

「どうしたの?」

「西部より報告、楼衛様指揮の北軍を罠に誘導成功、捕縛したとの事です。また東部は混乱状態をようやく脱して、志貴君に対して防衛体制を整えました。」

「そう、じゃあ西部部隊は休憩を取った後一隊を残して正面と南部に振り分けて」

「真紀様、志貴君はよろしいのですか?」

「志貴の相手を出来る子は私達の中にいない。無用に攻撃を仕掛けても被害が増えるだけよ。志貴についてはこれ以上の侵入は阻止して動きを封じるようにして」

「はっ」

そして伝令が退室しようとした時、伝令が昏倒する。

「どうしたの!?・・・!!!お、御館様!!」

「邪魔するぞ」

真姫は絶句する。

そこに現れたのは紛れも無い夫の黄理だった。

「どうして・・・!!そう、そう言う事ですか・・・」

「そう言う事だ」

「・・・全員が囮だったんですね?一気に大将首を取る為の・・・」

「まあな」

よく考えてみればそれは至極当然。

補給も途絶え、人数も劣る北軍が勝つには正攻法では無理。

奇策、詭計に頼るしかない。

「立て続けに伏兵が現れればお前でもそっちに対処するしかない。そこを付いて俺がお前を抑えればそれで俺達の逆転勝利だ」

「そうですね・・・ですがそうも上手く行くと思われますか?既に義兄さんの部隊は捕縛し志貴の動きは抑えました。正面地帯に陣取っている部隊は動けず、後は王漸様の部隊を富美伯母様が鎮圧すれば逆にこちらが王手ですよ」

「それはどうかな?」

それと同時に

「義姉さん大変!!・・・って兄さん!」

「来たか妃」

「どうしたの?妃」

「正面地帯から北軍主力が侵入して捕縛した西部の楼衛兄さんの部隊を解放してしまったわ!」

「!!一体、ど、何処から?」

「それが・・・何時の間にか一箇所、開けられていてそこから夜陰に紛れて少しづつ移動をしていたみたい」

「擬陣!!御館様ですね。伏兵の混乱に乗じて・・・」

悔しそうに唇をかむ。

「それと、東部から気になる報告が」

「今度は何?」

「志貴君がいきなり姿を消したって」

「姿を?」

「早速向かったか」

「早速?・・・!!!妃!今牢屋には誰がいるの?」

「今は雪ちゃん達女の子が・・・まさか義姉さん!」

「志貴の目的は牢屋にいる全員の解放よ!」

つまりこう言う事だ。

まず、黄理を除く全北軍が囮となり、まず南軍を撹乱する。

その後、極秘裏に侵入した黄理が侵攻の為、正面地帯の路地裏辺りの罠を全て解除し、正面部隊を少しずつ侵攻させてから、自分は総司令官である真姫を捕える。

そして志貴はある程度撹乱したら、手薄になっている牢屋から捕虜を解放し、おそらくは彼らも使い随所でゲリラ戦を仕掛ける気なのだろう。

そんな事をさせたら南軍は完全に混乱に陥る。

そうなれば冗談抜きで自分達の逆転負けだ。

「あなたは直ぐに手の空いた者と一緒に牢屋の方に!それと義兄さん達は後退しても良いから被害を最小限に食い止める事だけに集中してと伝えて!!」

真姫の切羽詰った声に妃も引き攣った表情で頷く。

「判ったわ!!」

「おっとそうも容易く行かせると・・・!!」

「行かせるわ!!」

―閃走・六魚―

真姫の蹴りに呼応して

―閃走・六兎―

黄理も迎撃する。

無論二人とも・・・特に黄理は加減して・・・打ち放っている。

その隙に妃は既に外に飛び出してしまった。

「ちっ・・・まあ良い。例え束になった所で女達じゃ志貴の相手にもならない」

ましてや未熟な女の子達では勝ち目などある筈も無い。

「それはどうでしょうか?」

「何?」

「確かに戦闘で志貴に勝てる子なんていませんけど私達には対志貴用の切り札もあるんですよ」

「切り札?おい・・・まさか・・・」

志貴に対して切り札になるなど黄理にはただ二人しか思い付かない。

「そう言う事です」

「こりゃ直ぐに行かねえと」

「行かせません!」

二人は同時に外に飛び出した。









その頃・・・里の東南にある、里で共用して使われている物置小屋数棟・・・今は南軍によって北軍捕虜を収容する牢屋・・・では警備と男の子達のお仕置きを兼務している女の子達が結集していた。

「ねえ、里の方じゃ北軍が侵攻しているみたいだけど私達お手伝いしなくて良いかな?」

その入り口で見張りのため二人の女の子が所在無く立っている。

「無理よ。あたし達じゃお母さん達の邪魔になるだけよ」

「そうだけどさ・・・」

だが、その言葉を遮るように、

「どの道行かせないけどね」

「えっ?この声・・・」

「し、しー君?」

「うん」

次には二人とも昏倒していた。

反応する前に肉薄し気絶させた。

「さてと・・・」

志貴は涼しい顔で小屋の内一つにもぐりこむ。

そこには晃達男の子達がすっかり憔悴した表情でへたり込んでいた。

「皆・・・無事?」

志貴の小声に全員が反応する。

「志貴!!」

「助けに来てくれたのか?」

「うん・・・大丈夫?なんかすごくやつれてるけど」

「これがやつれずにいられるか!」

「そうだよ!お仕置きが事の外きつかったし」

「えっと・・・何されたの?」

「簡単に言えばあいつらの手料理食わされた」

「うわっ・・・」

「それも俺達が食うんじゃなくて俺達に食わせていた」

「・・・僕達にはお仕置きだね」

「そうさ!それも母ちゃん達皆が見てる目の前でだぜ!」

「恥ずかしいし、食事で死に掛けたし」

「お母さん達も笑っているだけだし」

もはやお仕置きを超えて拷問である。

「とにかく急いでここ開けるね」

「ああ、急いでくれ。早くしないと」

「あたしたちが来るからだよね?」

「そうそう・・・って!!」

志貴が振り返ると既に小夜と雪を始めとする女の子達が立っていた。

「えっと・・・皆出来れば大人しくしてもらえたらありがたいんだけど・・・」

「出来る訳無いでしょ!しー君!」

「うん、しーちゃんこそ降参したら?」

「やるの?僕は構わないけど・・・」

そう言って『七つ夜』に姿形だけ似せた木製短刀を構える。

「冗談、あたし達じゃしー君に勝てないよ」

「でもね、実力で勝てなくても私達にはしーちゃん専用の切り札がいるんだから」

「切り札?」

「そう!しー君、手を出せるの?」

「二人に」

「ふ・・・た・・・り・・・」

その言葉に志貴の表情が凍る。

まさかと思う。

そんな筈は無いとも。

だが、事実と言うものは常に残忍だった。

女の子達の間から出て来たのは

「出番だよ!ヒスちゃん!コハちゃん!!」

「「うん!!」」

「ひ、翡翠ちゃん・・・琥珀ちゃん・・・」

紛れも無い翡翠と琥珀だった。

その姿を認めた志貴は思わず後ずさる。

いくらなんでも二人に手を出せるほど志貴は精神的に図太くない。

「えっと・・・志貴ちゃん・・・」

「志貴ちゃん!降参しなさい!」

「降参しよ。志貴ちゃん・・・私と翡翠ちゃんでしっかりお仕置きするから」

琥珀の言葉に想像する。

左右から翡翠と琥珀に食べさせられる自分を。

それを母である真姫が笑いながら見ている様を。

いや、そこまでならまだ忍耐はできる。

こんな事は家では常の光景なのだ。

だが、それに翡翠の手料理まで加わるとしたら・・・

忍耐の許容範囲を超えてしまい、とても出来ない相談だった。

「仕方ないか・・・ごめん!皆必ず助けに戻るから!」

そう言うと

―閃鞘・八穿―

入り口のわずかな隙間から外に飛び出すと逃走を開始する。

「あーっ!志貴ちゃん逃げた!!」

「皆!!しー君追い立てて罠に追い込むよ!!」

『おーーーーっ!!』

その瞬間女の子達は一斉に志貴の追撃に入る。

しかし、先日の男の子達とは訳が違った。

志貴は森の中を平地の様に疾走し、障害物と障害物の間をあたかも蛇の様にすり抜けて行く。

一方の追撃部隊の方は追いつく事もままならず、徐々にその差を広げられていく。

更に投擲部隊が縄や投げ網で動きを封じようにも後ろにも眼が付いているのかギリギリでそれらをかわす。

結局、志貴を捕獲用の罠に追い込む事すら出来ず志貴に逃げられてしまった。

「逃げられちゃった・・・」

「あ〜っ!もうしー君逃げ足速すぎる!!」

「皆!!」

そこに妃達が駆け寄ってくる。

「妃叔母さん!!」

「皆無事ね?志貴君ここに来なかった?」

「来たよ!」

「でも・・・しー君に逃げられちゃった・・・」

「でも他の男の子達は捕まえたままだよ!!」

「そう・・・やっぱり翡翠ちゃん達が効いたのかしら?」

「うん!」

「さすが義姉さんね・・・志貴君の弱点を把握しきっているわ・・・じゃあ私達がお外の方を警護してるから、皆は牢屋を監視していてね」

『はーーーーい!!』

元気良く女の子達が駆けていく。

「さてと・・・義姉さんに合図を送って」

「はい」









その頃・・・王漸の家から外に飛び出した黄理と真姫はその戦場を南に南に移していた。

そこに白の花火が夜空を染める。

「あら?どうやら私達の防衛が成功したようですね」

「くそ・・・やはり志貴に翡翠・琥珀はきつ過ぎたか・・・」

安堵の表情を浮かべる真姫と対照的に苦虫を噛み潰した表情の黄理。

「あら?まさかと思いますが御館様、志貴が二人を平然と打てる子になって欲しいのですか?」

「それこそ、まさかだ。あいつはそのままでいい」

「そうですわね」

そういって微笑みあう。

そう・・・七夜志貴は・・・彼らの息子はあのままで良い。

だが、これで状況が不利になったのは間違いない。

だが、そこに

「父さん!」

その志貴が駆けてきた。

「父さん、ごめん!皆の解放・・・」

「判っている。翡翠達に阻まれたのだろう」

「うん・・・」

「こうなっては仕方ない。志貴お前も手伝え、真姫を捕まえて降伏させる」

「うん」

「あら?御館様、随分と面白い事なさいますわね」

「当然だろう。悔しいがもうこっちは手段を選んでいる暇は無いんでな、志貴!!」

「はい!」

それと同時に志貴と黄理は左右同時に襲い掛かる。

それに対抗して真姫は懐から取り出した煙幕を次々と焚き視界を奪う。

無論、気配で察する黄理には通用しないが未熟な志貴には効果が高い。

そうこうして時間を稼がれている内に周囲から投げ網が次々と投じられる・

戻ってきた南軍の各部隊が真姫の援護を行っていた。

「ちっ!この様子だと他の部隊は全滅か・・・」

「そう言う事だよ黄理!それと志貴坊や。もう北軍はあんた達二人だけだよ」

富美が黄理の呟きに応じる。

「父さん・・・どうしよう・・・」

「それでも捕まえるしかない。真姫を捕えれば何とかなる」

「はい」

頷き、志貴と黄理は動きが鈍くなった真姫に襲い掛かる。

だが、次の瞬間、

「なっ?」

「えっ?」

間の抜けた二人の声がそれぞれの口から漏れて

「うおおおおおおお!!」

「うわああああああああ!!」

二人は宙釣りとなった。

「ね、粘着の網??」

「俺達は蜘蛛の巣に掴まった獲物かよ・・・」

「うふふ・・・残念でしたわね御館様、私が無鉄砲に戦う場を移動していたとお思いですか?」

「ちっ・・・全部はここに引き摺りこむ為か・・・煙幕もそして援軍の連中も」

「はい、これで私達の完全勝利ですわね」

「完全にしてやられたな・・・」

「ふふふ、そう言う事です・・・それと志貴

母に呼ばれびくりと震える。

「え、えっと・・・母さん・・・なんか怒っている?」

ええ、怒っているわよ

笑顔で告げる。

駄目でしょう?二人のお願い聞かないと・・・二人とも志貴のお嫁さんなのよ

「えっと・・・それでもあのチョコは厳しいんだけど・・・」

言い訳は聞かないわよ志貴。これからしっかりとお説教とお仕置きをしますからね

死刑宣告が下された。









そして夜も明けて・・・屋敷では南軍の勝利祝いの宴が開かれていた。

「皆さん本当にお疲れ様でした。皆さんのおかげで私達の正当な権利を守り通す事が出来ました。お祝いとお礼を兼ねてささやかながら祝宴を開かせていただきました。どうぞ皆さん楽しんで下さい」

真姫の言葉が終わると宴が華やかに賑やかに始まる。

そんな宴の席上で

「志貴ちゃん♪、あ〜ん」

とても楽しそうな声で志貴に自作の野菜炒め(らしき物体、おまけに異臭が漂う)を差し出すのは翡翠。

「志貴ちゃん・・・はい」

妹に比べると恥かしそうにはにかみながら、やはり自作の野菜炒め(こちらはまだそうだと判る。臭いもまとも)を差し出す琥珀。

そして尽くされている志貴は手を縛られている。

「母さん・・・食べなきゃ駄目?」

「ええ駄目よ。志貴はお仕置きとして一週間二人のお料理食べてもらうから・・・さあ御館様どうぞ」

笑顔でお仕置き内容を話しながら黄理に手料理を差し出す真姫。

黄理も縛られた状態で真姫にされるままになっている。

だが、表情から自棄になっているだけの様だが。

あんまりと言えばあんまりだろうが、敗者に人権など無いらしい。

他の男性陣・・・大人も子供も・・・も似たり寄ったりなのだから。

見れば向こうでは

「晃・・・はい」

「はいはい食えば良いんだろ?」

「誠、今度はこれよ」

「いや・・・小夜ちゃん少し箸休みさせてくれないかな・・・」

雪と小夜の姉妹が晃と誠に次々と食べさせていた。

「志貴ちゃん早く食べてよ」

「冷めちゃうよ・・・」

「・・・とほほ・・・」

本気で泣きたかった。









以上が七夜の黒歴史であり、当事者の記憶より完全に抹消された『七夜南北戦争』の顛末である。

その後、七夜の里では

「志貴ちゃん♪」

「あのね・・・翡翠ちゃんとケーキ焼いたの・・・」

「すっごく美味しいよ!」

「「食べさせてあげる!」」

「ははははは・・・」

『女の子が意中の男の子に料理を食べさせる』事が習慣として定着してしまった・・・

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